
ドランクモンキー 酔拳
あらすじ
各メディアに掲載された酔拳のあらすじを比較しつつ、名前の訳し方や編集の違いを考えてみます。
日本公開時


訂正シートのイメージ
頃は清朝末期、広東の地に小さな空手道場があった。小さくても、毎日、弟子たちの修行する物音がやかましく外から聞こえるほどに大繁栄だ。しかし、あるひとりの弟子だけは、生意気で、教師をおちょくったり、からかったりして修行に身ひとつ入れようとしない。せっかくクンフーの基本流儀である五獣の拳(龍の拳、虎の拳、蛇の拳、豹の拳、鶴の拳)を教えても全生徒の前で、バカにするわ、コケにするわの大騒ぎ。「道場主の息子だからといって、あんまり江川るな!」彼こそ、われらがズッコケ・ヒーローのフレディ(ジャッキー・チェン)だ。若さとエネルギーをもてあまし、軟派街道まっしぐらの毎日。
そんなある日、悪友一同と町の市場を歩いていると、可愛いい女の子に出くわした。トップバッターにおまえ行け、よし来た、とばかり、フレディ勇んであの手、この手。目にゴミが入ったから取ってくれ、と近づいて、どさくさまぎれに頬にキスしたり、ウナギをヘビだとだまして抱きつかせたり。さんざんアタックしているところに、彼女の母親が現われた。「よくも娘をからかってくれたな」と、クンフーの構えをしてみせる母親を、なめてかかったのが大間違いのケガのもと。クラシック・バレエ・ポーズの強烈な蹴りで、こてんぱんにやられてしまう。「おれは女とは戦わないんだ」と精いっぱいの見栄をはって、ほうほうのていで逃げだす始末。今日はホントにツイテないと、ふてくされて歩いていると、ならず者3人が、ヒスイ売りの貧しい父子をいじめている所に出くわした。思いっきりの大乱闘──さっきのイライラもついでに解消と、全員叩きふせて、すっと胸のうさ晴らし。家へ帰ってみれば、なんと、さっきの母娘が道場に来ているではないか。それも、あろうことか、母親の方は実のおばさん。娘は、したがってイトコ。数年ぶりに遊びに来たのだが、フレディの顔を見て、彼女たちも仰天即激怒。さっそくさっきのイタズラを父親にバラしてしまう。と、その直後、さっきのならず者の父親が、ホウタイでグルグルまきにしたセガレを戸板にのせて、「ウォン、お前の息子にやられた。この始末、どうしてくれる」と、カンカンになって怒鳴りこんでくる。それでメゲるフレディじゃない。蛇と龍の拳で反撃して、あべこべにケガ人ふやして追い返す乱暴ぶり。てんやわんやの大騒ぎに、ウォンも堪忍袋の緒が切れて、ついにフレディを勘当してしまう。が、おばさんのとりなしもあって、外出禁止のうえ、精神を鍛え直す特訓を受けることになる。両肩、両膝、頭の上に湯でいっぱいの茶わんをおき、ポーズがよろけるのを防ぐため、尻の下にローソクの火を立てるという念の入れぶり。あまりのすさまじさに、ついにフレディ、スタコラ逃亡の一幕。
さて、ホッと一息。町の食堂で久しぶりにごちそうを山ほど食べたのはいいけれど、先立つ金がない。食堂の用心棒に、あわや半殺しの目に会わされそうになった時、べろんべろんに酔っぱらった不思議な爺さんに助っ人される。この爺さんこそが父親の親友で、特訓にかけては鬼より恐いといわれる達人サムその人だったのだ。「住所不定。空がわしの天井、大地がベッド」と、うそぶく彼は、酔えば酔うほど無敵となる“酔拳”の極意をきわめた大家で、父親が1年間の予定でフレディの個人教授を依頼したのだ。かくしてサム流特訓が開始された。
4つの大きなかめのふちの上に立たされて、中の水を、右から左、左から右へと、言われるままに移しかえる。これぞ、身のこなし訓練。あまりの苦しさに、またもやフレディは逃亡する。そんなフレディの目の前に立ちふさがったのが、プロの殺し屋サンダー。得意の技が通用しないばかりでなく、やられにやられ、股の下をくぐらされ、着物を焼かれ、「それでもクンフーか? オヤジは役立たずか?」と、ののしられ、最高の屈辱をうける。ここまでナメられて黙って引き下がるようじゃ、男じゃない。
今度は自ら志願して、サムの小屋にUターン。本格的な特訓がスタートする。基礎体力実践篇だ。手でくるみを割ったり、腕たてふせするたびに、手首を裏返しにしたりと、しごきにしごかれる。
ひと通りのレッスンをすませて、腕だめしにと、サムはフレディを町に連れて出る。そこで街頭博奕にむらがる悪党たち──頭突きの石頭男や棒術使いの王をやっつける。しらふになると人が変ったように弱くなるサムを助けて、知らずのうちにフレディが庇ったりもした。そんなフレディに、ついにサムは、満月のある夜、秘伝・酔八拳の極意を伝授する。ぐでんぐでんに酔いながら「何ごとにも基本が一番大事。まずは酒をのむこと。ふらふらと無力に見えるところに強さがあるのだ。」内に力を秘めた酔神、ダブルキックの得意な酔神、ヘッドロックの酔神──など八つの酔神の型の美しさに、思わずフレディは見惚れてしまうのだった。相手を悩殺するオカマ拳法も抵抗を覚えながらマスターしてしまった。
その頃、棒術使いの王と、殺し屋サンダーが、父親ウォンの命を狙って決闘を申しこんできた。必殺の技にたじたじとなるウォン。そこへ駆けつけたフレディは、サム爺さんや父親の目の前で、死闘の末、酔拳を駆使してサンダーたちを倒す。勘当もとけ、復讐も果したフレディの顔は明るかった。
英語名表記のプレスシートに掲載された《ものがたり》。シートには、英語版から広東語版への変更に伴う《訂正のお願い》も添付されている。
日本公開版では、酔拳の演舞シーンにクレジットをつけた独自のオープニング+道場のシーンまでをカットして、市場のシーンから始まっていたということだが、こちらのあらすじには道場の描写がみられる(冒頭のサンダーvsチャーリー戦の記載はない)。このあらすじが示すように、初期の試写では英語版が上映されていたということだが、英語版には道場のシーンがあったのだろうか。それとも、本国からフィルムを輸入して間もないころ、日本で編集をする前の関係者試写をもとに作成したあらすじなのか…。
ただ、当時のフィルムから現像された宣伝写真の中には、英語クレジットのサンダーvsチャーリー戦のものもみられるため、編集前のものであればこちらの冒頭のシーンについても書かれていても良いように思う…謎。
また、所々に誤りがあるが、これはビデオが一般的でない当時、フィルムでひと通り鑑賞したのちにあらすじを作成していたため? 終盤のサンダー戦には棒術使いの王もいたことになっているが、この誤りは広東語名表記のプレスシートで修正されている。

頃は清朝末期、広東の地に小さな空手道場があった。小さくても、毎日、弟子たちの修行する物音がやかましく外から聞こえるほどに大繁栄だ。しかし、あるひとりの弟子だけは、生意気で、教師をおちょくったり、からかったりして修行に身ひとつ入れようとしない。せっかくクンフーの基本流儀である五獣の拳(龍の拳、虎の拳、蛇の拳、豹の拳、鶴の拳)を教えても全生徒の前で、バカにするわ、コケにするわの大騒ぎ。「道場主の息子だからといって、あんまり江川るな!」彼こそ、われらがズッコケ・ヒーローの《飛鴻》(ジャッキー・チェン)だ。若さとエネルギーをもてあまし、軟派街道まっしぐらの毎日。
そんなある日、悪友一同と町の市場を歩いていると、可愛いい女の子に出くわした。トップバッターにおまえ行け、よし来た、とばかり、《飛鴻》勇んであの手、この手。目にゴミが入ったから取ってくれ、と近づいて、どさくさまぎれに頬にキスしたり、ウナギをヘビだとだまして抱きつかせたり。さんざんアタックしているところに、彼女の母親が現われた。「よくも娘をからかってくれたな」と、クンフーの構えをしてみせる母親を、なめてかかったのが大間違いのケガのもと。クラシック・バレエ・ポーズの強烈な蹴りで、こてんぱんにやられてしまう。「おれは女とは戦わないんだ」と精いっぱいの見栄をはって、ほうほうのていで逃げだす始末。今日はホントにツイテないと、ふてくされて歩いていると、ならず者3人が、ヒスイ売りの貧しい父子をいじめている所に出くわした。思いっきりの大乱闘──さっきのイライラもついでに解消と、全員叩きふせて、すっと胸のうさ晴らし。家へ帰ってみれば、なんと、さっきの母娘が道場に来ているではないか。それも、あろうことか、母親の方は実のおばさん。娘は、したがってイトコ。数年ぶりに遊びに来たのだが、《飛鴻》の顔を見て、彼女たちも仰天即激怒。さっそくさっきのイタズラを父親にバラしてしまう。と、その直後、さっきのならず者の父親が、ホウタイでグルグルまきにしたセガレを戸板にのせて、「《黄》、お前の息子にやられた。この始末、どうしてくれる」と、カンカンになって怒鳴りこんでくる。それでメゲる《飛鴻》じゃない。蛇と龍の拳で反撃して、あべこべにケガ人ふやして追い返す乱暴ぶり。てんやわんやの大騒ぎに、《黄》も堪忍袋の緒が切れて、ついに《飛鴻》を勘当してしまう。が、おばさんのとりなしもあって、外出禁止のうえ、精神を鍛え直す特訓を受けることになる。両肩、両膝、頭の上に湯でいっぱいの茶わんをおき、ポーズがよろけるのを防ぐため、尻の下にローソクの火を立てるという念の入れぶり。あまりのすさまじさに、ついに《飛鴻》、スタコラ逃亡の一幕。
さて、ホッと一息。町の食堂で久しぶりにごちそうを山ほど食べたのはいいけれど、先立つ金がない。食堂の用心棒に、あわや半殺しの目に会わされそうになった時、べろんべろんに酔っぱらった不思議な爺さんに助っ人される。この爺さんこそが父親の親友で、特訓にかけては鬼より恐いといわれる達人《蘇 化子》その人だったのだ。「住所不定。空がわしの天井、大地がベッド」と、うそぶく彼は、酔えば酔うほど無敵となる“酔拳”の極意をきわめた大家で、父親が1年間の予定で《飛鴻》の個人教授を依頼したのだ。かくして《蘇 化子》流特訓が開始された。
4つの大きなかめのふちの上に立たされて、中の水を、右から左、左から右へと、言われるままに移しかえる。これぞ、身のこなし訓練。あまりの苦しさに、またもや《飛鴻》は逃亡する。そんな《飛鴻》の目の前に立ちふさがったのが、プロの殺し屋《鉄心》。得意の技が通用しないばかりでなく、やられにやられ、股の下をくぐらされ、着物を焼かれ、「それでもクンフーか? オヤジは役立たずか?」と、ののしられ、最高の屈辱をうける。ここまでナメられて黙って引き下がるようじゃ、男じゃない。
今度は自ら志願して、《蘇》の小屋にUターン。本格的な特訓がスタートする。基礎体力実践篇だ。手でくるみを割ったり、腕たてふせするたびに、手首を裏返しにしたりと、しごきにしごかれる。
ひと通りのレッスンをすませて、腕だめしにと、《蘇 化子》は《飛鴻》を町に連れて出る。そこで街頭博奕にむらがる悪党たち──頭突きの石頭男や棒術使いの《王》をやっつける。しらふになると人が変ったように弱くなる《蘇》を助けて、知らずのうちに《飛鴻》が庇ったりもした。そんな《飛鴻》に、ついに《蘇》は、満月のある夜、秘伝・酔八拳の極意を伝授する。ぐでんぐでんに酔いながら「何ごとにも基本が一番大事。まずは酒をのむこと。ふらふらと無力に見えるところに強さがあるのだ。」内に力を秘めた酔神、ダブルキックの得意な酔神、ヘッドロックの酔神──など八つの酔神の型の美しさに、思わず《飛鴻》は見惚れてしまうのだった。相手を悩殺するオカマ拳法も抵抗を覚えながらマスターしてしまった。
その頃、殺し屋《鉄心》が、父親《黄》の命を狙って決闘を申しこんできた。必殺の技にたじたじとなる《黄》。そこへ駆けつけた《飛鴻》は、《蘇》爺さんや父親の目の前で、死闘の末、酔拳を駆使して《鉄心》たちを倒す。勘当もとけ、復讐も果した《飛鴻》の顔は明るかった。
広東語名表記のため、英語名表記のものより後に発行されたと思われる。
英語版シートと比べても、広東語名表記に変更しただけでほとんど同じ文章だが、ひとつ気になるのは棒術使いの“王”についての表記。英語版シートではふりがなが振られていなかったが、こちらでは“ワン”と振られている。棒術使いの名前は“徐擎天”であって“王”ではないはずだが、英語版から広東語版に変更される際にあだ名と名前が混同されたのだろうか…。当時は広東語の翻訳者が少なく、英訳スクリプトをもとに翻訳をおこなっていたというが、英語吹替でも名前はワンではない。フジテレビ版の日本語吹替でも同様に“ワン”と呼ばれていたが、真相は…。
また、英語版シートから変わらず、道場シーンについても記載がある。パンフレットの《ものがたり》には記載がないが、これは実際のプリントには道場シーンがないが英語版シートから流用したために記述が残っているのか。それとも、この時点の編集では道場シーンがあったのか…。
予告編
英語版予告編