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ドランクモンキー 酔拳


関連グッズ

日本初上陸のジャッキーは、ルパン三世風?!
写真素材不足が要因で、モンキー・パンチ先生を起用

日本公開にあたって作成された販促物には、ルパン三世などで知られるモンキー・パンチ先生が描いたイラストが使用されている。モンキー・パンチ先生にイラスト作成を依頼することになった経緯として、「まだ写真素材がロクになかったので、粒子の粗いスチル写真を使うよりイラストでいこうって話になった。」[出典]とのこと。ただし、イラストのものが作られたあと、スチール写真を使ったデザインも作成されている。

日本公開時

アタリアタリアタリ

ポスター

邦題決定の経緯から、モンキー・パンチ起用の理由までみえてくる?

Aはタイトルに“酔拳”のない「ドランクモンキー」で表記されているため、邦題が最終決定する前につくられたもの?(邦題の経緯については、ロゴのページで考察) 作成・配布時期は同デザインのチラシから考えると、A→B→Cと思われる。Dは流通枚数も少なく、同デザインのチラシも確認できないため、時期不明。

B・Cについてはチラシに同じデザインのものがあるが、ポスター右下には映倫マーク・番号(54081)が入っている。また、Bについては、ロゴの“酔拳”の位置がチラシと比べて上にズレていたり、チラシで“主題歌「拳法混乱」/唄・四人囃子”と表記されている箇所がポスターでは“主題歌/四人囃子”となっている。

試写招待状

チラシ

チラシには、蛇拳が公開決定するまでの痕跡あり

裏面の【ジャッキー・チェン・プロフィール】の記載内容、Aでは“「酔拳」に続いて「笑拳」の日本公開(正月予定)も決定。”とあるが、Bでは“「酔拳」に続いて「邪拳[注]」「笑拳」の日本公開も決定。”となっている(ただし、なぜかBの単色版はAと同様「蛇拳」の言及なし)。東映公式noteの記事によると、「クレージーモンキー 笑拳」は1979年3月に配給契約を結んでいるが、「スネーキーモンキー 蛇拳」の契約は酔拳の大ヒットを受けたあと(1979年8月末)とのことなので、作成・配布時期はA→B(→C?)と思われる。

チケット

映像ソフト

チラシ

日本公開版でない、オリジナル版が観られることが売り

全長版としては国内初となる映像ソフト。“オリジナルサウンドトラック”と強調されているように、ソフト発売当時は観る機会が多かったであろう日本公開版ではなく、編集されていないオリジナル版を観ることができるというのが当時のセールスポイント。